医用バーチャルリアリティ Medical Virtual Reality in Japan

小山博史
(@Hiroshi Oyama, M.D., Ph.D., 2005)

要旨:Virtual Reality(以下VR)という概念は、1980年代の前半に誕生した。その背景には、コンピュータグラフィックス技術の向上と高速処理可能な画像演算処理計算機の実現がある。これらにより構築される仮想空間を用いた体験型シミュレーションの手術分野への応用研究が盛んに行われるいようになった。特に、眼科や脳神経外科手術や血管吻合、神経ブロック、冠血管動脈造影、脳腫瘍摘出用のシミュレーションシステムの開発が有名である。しかし、もともとVR技術は、人間の知覚器に工学的擬似刺激を与えて現実とは異なるデジタル空間を人間に認識することが基本原理であるために手術訓練用シミュレーションシステム以外にも医学の広い範囲での応用可能性が高い技術であることが一般に知られていない。

ここでは、VR技術を用いた体験型シミュレータも含めVR技術が応用されている基礎医学分野、医学教育分野、画像診断分野、手術計画、術中支援、リハビリテーション、神経症治療、がん緩和療法の八つの分野でのVR技術の応用について現在までの研究内容を中心に概要を紹介し、あわせて将来への発展の可能性について紹介する。

[Key Words] Virtual Reality, VR, バーチャルリアリティ, ヴァーチャルリアリティ, 人工現実感

I. 基礎医学へのVR技術の応用 Virtual Cell, Tissue, Organs, Human

近年、遺伝子の数が約3万個とされ、今後遺伝子情報から発現される蛋白質の機能、代謝マップやシグナル伝達経路との関係解析がすすみ、さらには計算機科学を用いて生命現象を記述する生命情報科学という新しい学問まで作られようとしている。

VR技術は、物体の形状情報を人体に提示する技術とも捉えることができるため基礎医学における形状データ処理にも応用が可能である。特に、インターネット上に分子や受容体の3次元形状情報が公開され、遺伝子の機能や分子の構造解析による薬剤設計などに応用され、膜蛋白や糖鎖、ウイルスなどの病原体の形状表現に利用されている。このように、記号や文字を用いた記述法では理解が困難な分子やたんぱく質の立体的な形態情報の直感的理解にはVR技術は最適であり、今までの二次元情報では発見できない知見を得ることも予想される。このようにVR技術は、今後基礎医学分野の形態学的解析手法として大きく応用が期待できる。

基礎医学へのVR技術の応用分野としては上記も含めて大きく三つの種類がある。一つは、前述した多様な遺伝子情報と生体の状態や変化との関連性をヒトが理解する上で必要な情報の可視化提示技術である。現在の遺伝子情報やシグナル伝達情報は図1のようにペトリネットやネットワークを用いた二次元世界の中で記述されているが、二次元空間の中で複雑な生体情報を統一的に表現するには限界がある。このためにはVR空間をデータベースに見立てた生体情報統合データベースとしての利用が考えられる。つまり「生体情報処理の立体的可視化による理解ツール」としての利用法である。二つ目は、数学あるいは物理学を用いた細胞や組織や臓器、循環器系・神経系などの立体的かつ時間軸も加味した可視化モデルの構築である。この分野は、人体情報工学や生体シミュレーション学として多くの研究が行われ、現在まで多くの数理モデルが構築されてきた。しかし、既存研究の数理モデルの多くは単一現象におけるシミュレーションに関するものであった。今後例えば人体の形状力学モデルと血液の流体モデルを統合した複数の物理学を基礎としたマルチフィジクスの人体融合モデルの研究開発やこの融合モデルと現実世界で観察される人体の現象との相違点を確認しながら、人体のデジタル化を行うための検証法として利用価値がある。三つ目は、「脳」研究のためのVR技術の応用である。今日まで感覚心理学は、実験主義、実証主義に基づくものが多いとされてきたが、今後人間の思考や記憶などのモデルを構築し、VR技術を用いた世界を体験することで心理や思考モデルを基にしたデジタル化した「脳」(デジタルブレイン)の構築に関する研究を加速させる要素技術となると考える。

II     医学教育・訓練への応用 (安全・安心の医療実現の支援)

現在の医学教育の課題として医学知識の爆発的増大に対する効率的学習方法の開発と知識だけでなく、安全な医療手技の効率的な習得と評価の重要性が叫ばれている。この解決策の一つとしてVR技術の応用に大きな期待が寄せられている。

VRの医学教育への応用分野として①医学知識獲得支援、②医療手技体得支援、③外科手技適性評価支援の三つが考えられる。医学知識の獲得支援としては、解剖学情報を現在の二次元のアトラス情報からの知識の獲得から仮想空間内での立体的な形状情報や弾性情報を獲得することが可能となる。特に、単一臓器の形状情報から血管や神経なども含めた複雑な複数形状情報の獲得は、手術などの医療手技を行う上で必要となる外科解剖学として重要である。

上記の単一臓器やあるいは複合臓器の形状情報の取得には、大容量の形状データの実時間表示能力が必要であったが、現在このような形状モデルに生体の弾性値を加味した複合モデルの実時間シミュレーションが可能となってきた。特に、指先の知覚器への触覚の提示や筋肉内の筋紡錘への力覚の提示が工学的に可能となり、実際の医療手技である切開や穿刺シミュレーションが可能となってきた。

平成六年脳神経外科の開頭脳腫瘍摘出手術支援用のVRシミュレータを共同開発した。VRシミュレータのプラットフォームには、オブジェクト指向でVRデバイスが接続可能なVR-DECK(Virtual Reality Distributed Environment and Construction Kit:IBM(International Business Machines Corporation), Armonk, NY)を用いた。VRデータ解析処理システムはCTやMRからの医療画像処理のみならずレーザースキャナーにより取得される形状データとその形状データ表面に貼り付ける画像、既存の形状データ、音声や音のデータ、動画データを作成できるように構築した。スーパーコンピュータ上で画像処理ソフトである並列AVSを使用し大容量の医療形状データ処理を行った。VRデータは専用のディレクトリーを作成しファイルシステム内に蓄積した。仮想空間の視覚提示にはHead Mounted Display(HMD)を用い、手術用手袋としてデータグローブ、手術器具用としてスタイラスを用いた。頭部の方向と手術操作上の手の実時間での位置の検出には磁場センサーを用いた。この時点では、力覚や触覚を提示できるデバイスは存在しなかったが、その後PHANToMが登場し、切開や穿刺の力覚が体験可能なシステムと改良した。

さらに京大病院医療情報部では、現在力覚フィードバック機構を実装した眼科手術と脳神経外科手術の体験型シミュレータを用いて志望診療科とシミュレーションによる手術操作の器用さについて医学部五回生を対象に外科手技の適性評価法に関する研究を進めている。図は、手術シミュレータの体験風景である。京大医学部5年生に体験し、手術操作にかかった時間(手術開始から膜の薄利処理までの時間)と操作の際出血させた点数との相関図を図に示す。学生の特徴として手術時間が長い学生ほど出血点数も多い傾向がみとめられた。また、手術時間が短いが出血数も多い群と手術時間は長いが出血点数は少ない群、手術時間は短く出血点数も少ない群に大きく分かれる傾向があった。今後、志望との関係や卒業後の進路や治療成績を追跡調査できれば、医学教育の評価法として大きな成果をもたらすであろう。

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図1. 医学教育用手術シミュレータでの手術訓練の様子. 手術操作を行うときの触覚や力覚を臓器に応じて提示できることを特徴とする.

III. 次世代の医用画像診断法

画像診断は、この10年の間に格段の進歩を遂げた。これは、画像取得装置のディテクター感度の向上と計算機性能の飛躍的な向上による。今から八年に構築したReal-time Volume Rendering(以下RTVR)法により構築した涙腺がんの症例の三次元再構成画像を図○に示す。当時の作成方法は、ヘリカルCT(Computed tomography)装置を用い2ミリスライスで撮影した60枚の画像(DICOM3)をSGI(Silicon Graphics Inc.)ファイルに変換した後、Onyx(Silicon Graphics Inc., Mountain View, California)上のVolren 5ソフトウエアで再構成をおこなった。Volren5の画像処理には拡大機能ができなかったために二年後にOnyx2 (Silicon Graphics Inc., Mountain View, California)とVolren6(Silicon Graphics Inc., Mountain View, California)を用いた医用画像処理システムを構築した。その後、平成11年にはパーソナルコンピュータ(基本OS:Windows NT4.0)上でOpenGLを基本としたRTVR法が可能な高速画像処理用ボードが開発された。その一つがVolume Graphics(MITSUBISHI ELECTRIC CORP.)である。本装置を用いて、ヘリカルCT装置を用いて2ミリスライス幅の140枚の画像を再構成して構築した画像を図2、3に示す。本装置の特徴は、512x512x256のボクセルデータを最大30フレーム毎秒でRTVRでき、視点の移動やシェーディングがリアルタイムに変更が可能となった。このような機能は今までOnyxコンピュータのような高価で高性能の画像処理コンピュータでしかできなかったがパーソナルコンピュータでも可能となったことの意義は大きい。再構成臓器の拡大や縮小、血管や腫瘍への色付けや骨の透過性をあげて骨の透視により血管や腫瘍との関連の描出が機能的にも可能となった。この後、医学用に特化したアプリケーション開発が重要と考える(図4)。特に機能として、血管への色付けや骨の透過度をあげる操作や脳表を提示する処理、距離や角度の計測や体積の算出が必須となる。

さらに、近年、マルチスライスCTの登場により画像診断は新しい時代に入ったといわれている。上記の再構成画像も現在ではCTやMRI装置に附属したソフトウエアとしてついてくることが普通になった。今後、以下にも述べる手術計画支援システムや術中ナビゲーションシステムに必要な大容量の医用データの転送と標準的で簡易な画像処理環境の構築が求められる。

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図2:Volren 5で作成した眼窩腫瘍のRTVR法によるモデル。

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図3:脳腫瘍術前の前回手術時の頭蓋骨切開部位形状をRTVR法で作成し、手術を行う方向に位置あわせを行い表示したところ。この方向から実際の手術を行う。通常この方法からの視点での実時間での再構成画像を提示することは困難で医師が自分の頭のかなで再構成して手術を行っていた。

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図4:手術摘出方向から上記の骨のα値を変えて透明にした後、手術部位の脳血管(赤色)と脳腫瘍(緑色)との位置関係を立体的にRTVR法で表示したところ。腫瘍の3次元的な広がりと大きさ及び周囲の血管の位置関係が明瞭に理解できる。これをOHPプロジェクター用の半透明フイルムにカラー印刷して実際の手術の時にAugmentationを行い、腫瘍の範囲や血管の位置関係を把握する。

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図5:CTデータ140スライスからVolume Graphics専用編集ソフトウエアを用いて画像処理を行っているところ。

IV. 手術計画支援システム SurgicalCockpit System

手術計画の最大の目的は、症例に応じた最適な手術法の選択にある。現在行われている標準的な手術計画の作成方法は、標準的手術法を基に病巣の位置の正確な把握とその周囲の損傷してはいけない正常血管や神経の走行の把握、切除範囲、再建に必要な正常組織の把握等を行った上で手術アプローチを外科医の頭の中で構築されている。これには、多くの経験が必要となる。

一方、ロボット手術が近年実用化され、特に整形外科のロボット技術を用いた人工骨頭置換術の場合には、患者に最適な人工骨頭の選択とそれを挿入する大腿骨の髄腔の切除範囲をロボットに入力するために立体展開映像(CTやCRの再構成画像)を用いながらコンピュータ上で手術計画を行うようになった。この計画装置による手術の計画作業は、単にロボットの各種のパラメータの設定のみならず、外科医の手術に関するポリシーや理解、経験に基づくといわれている。

既存のシミュレータと異なりVR技術のもっとも有用な点は、手術前に仮想の体験ができることにある。手術におけるリスク管理へ応用可能と考え、手術情報を分散的に処理するのではなく、集中的に管理するシステムを統合的な手術支援環境を実現するためのシステムとして当教室ではSurgical Cockpit System(SCS)として提案し、その実現に向けた研究を行っている。

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図6. Surgical Cockpit System (SCS)の概観. 外科医は、Cockpitの中心に座り、三面の大型スクリーン上に映し出された手術情報を見ながら手術計画を練っていく。

【術中ナビゲーションに必要な情報処理】

前項の手術計画に基つき、手術室内で実際の手術をナビゲーションするシステムである。手術ナビゲーションの究極の姿は、実際の手術の状態に最も近いVR空間を用いて体験し、最も手術侵襲が少なく、手術時間が短い手術法を選択することである。この最適な手術計画に基づき、VR空間で想定した操作を実際の手術空間に合わせることで予定した手術を行う。このためには、限りなく実際の術野に近い現象を再現する高いRealityを必要とする。また、同時にVR空間座標と実空間座標、操作デバイスの位置座標などの座標を同一空間内に合わせて表示する必要がある。術前計画と手術ナビゲーションシステムに必要な情報処理を示す。

 

1.個々の手術対象症例のCTあるいはMRなどの画像データを取得する。

2.手術に必要な部位の3次元再構成画像処理をおこない、シミュレーションに使用する形状データを作成する。

3.形状データに臓器特性、生理学的自動運動、弾性、音響などの属性を追加する。

4.外科操作にともなう臓器の変形、血管の移動、切断時の変化などのアルゴリズムをVR空間内に定義する。

5.手術訓練をVR空間内で行う。

6.VR空間座標と現実空間の術野座標、操作するメスやハサミ、開創器などの手術器具の位置座標を同一空間内に表示する。

7.手術の手順に合わせて、実空間座標とVR空間座標を実時間で合わせる。

8.切開の位置、範囲など術前計画で設計した映像を実写映像に投影する。

9.危険な場所や操作、患者の状態の急変などの状況に応じた情報を術者に提示する。

10.計画通りにいかない場合、データベースから適合する症例と状態を推定して最適な処置あるいは手技を提示する。

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図7.手術ナビゲーションのプロトタイプシステム

V. Information Intelligent Operation Room (IIOR)

手術の種類は、分野により多種多様であるが、手術の術式に応じて手術室の機能も変わる場合も少なくない。管腔手術やロボット手術のような低侵襲手術法の導入により、手術操作機器の高機能化による情報処理量が急増してきている。特に、Master-Slave型手術ロボットの場合、手術を実施するエンド・エフェクターを制御するための情報処理と術者側の操作をEndo-effecterに伝達するための情報処理が必要となる。また、手術操作以外にも術者が手術操作しながら監視している術野周辺の状況や麻酔下の患者の状態を総合的把握して手術を進行させることが重要となってきている。

現状のロボット手術やナビゲーション装置の最大の難点は、電源やネットワークや機器の制御信号を送るためのケーブルの多さにある。この問題を解決するためには、高速無線LANを用いた設計の検討も必要となる。

低侵襲ロボット外科手術を行う上での問題は、執刀医が直視下に術野をみることができないことや術野周辺の状況の把握、麻酔下の患者の状態や手術装置の状態の把握が困難であることにある。このために情報システムの設計上モニタリング機能とロボット機能に分けることができる。モニタリング機能には、映像データと音データで構成し、ロボット機能は通常のようにMasterとSlaveに分ける。さらにEndo-effecterと操作部分のManipulation部分にわけ、両者を調整・制御するControl機能にわけることができる。Endo-effecter は、術式により装置が異なるが、Control PartとManipulation Partの仕様はできる限り標準化されたほうが術者側の操作法に対するリスクの軽減が期待できる。Monitoring Partは、執刀医が手術全体を管理するために必要な機能の集合とする。Microscopic imageは、手術顕微鏡を用い手術映像を提示する機能であり, Endoscopic Imageは管腔鏡手術や内視鏡手術の映像を提示する機能, Surgical Field Imageは開創術野映像を提示する機能にわけることができる。これら以外にも、心電図の波形や尿量、出血量などの麻酔下の患者の状態を示す画像の提示や術中の迅速病理画像、手術前のナビゲーション映像や医用画像、以前の手術記録、術中の血液検査データを表示する機能を有する。さらにその上層に現在のカーナビのように標準的な手術のシナリオに応じて次の操作や注意すべき操作など手術をナビゲーションするNavigation functionとRisk Management functionを追加・統合することで全体システムとする。このような統合システムにもVR技術が利用される。

VI ユビキタス・マルチメディア医療情報処理

現代医療においてインフォームドコンセントの取得は、医療者と患者との診療を行う上での基本として位置付けられている。しかし、医療者側からみると実際の診療の場面では、専門的な情報を如何に解りやすく患者側が理解できるように説明できるかが問題となる。時として医療者側からは、十分な説明を行っているつもりでいても説明後医療者側が期待した情報を完全に理解していただけない場合も少なくない。その原因は、医療者側と患者側の日頃からのコミュニケーションの確立や医療者側の説明技術訓練の不足もあるが、本質的には医学という専門知識の深さと量に起因する場合が少なくない。医療者と御家族と患者御本人の情報格差という溝を埋めることは大変困難なこともある。この解決策として医療者は、簡単な図や絵を描き、既存のイラストを用いて説明が行われている。VR技術を用いるとさらに空間的な情報や動的な情報を提示することが可能となり、現実に近い情報の提示を可能とする。

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図8. 生活工学アプリケーションでの遠隔コンサルテーションツールの概要.(三菱総合研究所 鵜戸口氏との共同研究

図8は、VR技術を用いた脳腫瘍や脳梗塞患者に対するインターネット上での利用を想定して構築したアプリケーションである。インフォームドコンセントで必要とする画像に該当する臓器の3Dモデルを選択し、モニターに立体的な像を表示しながら脳の機能や障害がおこる原因、手術の必要性や手術により生じる障害の可能性についての説明が可能である。VR技術の得意とするインターラクティブな情報処理が可能で、説明内容に合わせてマウスで該当する人体の個所をクリックすると該当臓器が赤く点灯し、3D臓器を回転させたり、拡大や縮小などのスケール調整が可能となっている。また、画像データの表示には、 3D臓器の該当個所の表示だけでなく、CT(Computed Tomography)画像や超音波検査画像など該当部位断面をあらわす平面を表示できる仕様となっている。このようなVR技術をもちいた医療用アプリケーションは今後のブロードバンドネットワーク社会の中では必須のものとなると考える。

VII. がん患者さんの闘病支援環境

高所恐怖症や飛行機登場恐怖症、蜘蛛恐怖症に対する治療法の一つとしてVR空間を用いた脱感作療法への応用が報告されている。蜘蛛恐怖症患者を対象とした場合、神経症患者は、HMDをかぶり仮想空間内に構築した部屋の中にいる没入感をえることができる。神経症の程度に応じて仮想空間体験時間や蜘蛛の出現時間を調整が可能となっている。この療法の適応についての臨床試験は、Case Control Studyでの有効性の報告があるが今後ランダム化比較試験による研究が必要である。また、薬剤に対するアレルギーや肝障害などのある症例については初期治療の適応となるであろう。

VR技術の作り出す仮想空間は、がん患者の闘病を支援する医療機器開発の可能性を有する。初発告知後や再発時点で不眠症や音響過敏、対人恐怖、通院恐怖、予期嘔吐などの神経症とみなされる場合が少なくない。このような症状の治療として、現在腫瘍精神医学的アプローチが現在行われている。VR技術は、このようながん患者の闘病環境をVR空間を用いて支援するものである。特に、今後のブロードバンドネットワーク社会においては医療の形態が病院中心型から患者中心の在宅医療中心型へとシフトすることが予想されている。また、ナノデバイスを用いた生体情報計測デバイスの超小型化がすすみ、大容量の生体情報を取得し診療所や病院へ転送する機能も実現しつつある。このような患者中心のネットワーク型医療社会をユビキタスメディスンとして図のように提案している。この中でも、患者の状態に応じたVR技術をもちいた闘病支援環境を実現する医療機器の研究開発が重要であると考える。図○は、闘病中に仮想森林浴が可能なシステムである。寝たきりの状態でも、3面の液晶ディスプレイに提示された仮想森林の中を風や香りを伴った環境音を聞きながら散歩できる機能を有している。高齢化社会が到来するなかでこのような新しいコンセプトの医療機器の具体的な研究開発への投資が望まれる。

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Bedside Wellness System (Virtual Forest walk)

図9:がんに対する闘病患者の精神心理的状態の緩和効果と患者アメニティを向上させるためにVR技術を用いて構築したベッドサイドウエルネスシステム(三菱電機株式会社先端総合研究所との共同研究成果)の体験風景。

VIII. VR技術の医療応用の将来

VR技術の具体的な応用事例について前任地での国立がんセンター中央病院と現職の京都大学での研究成果を基に概説した。コンピュータが人間の計算能力を拡張させた技術であると捉えると、VRは、人間の経験を拡張させる技術(Experiencer)とも言われている。つまり、コンピュータの次に到来する新しい人間を支援するシステムとも言えよう。この技術は、医学における情報処理のみならず、脳研究や人間の心理行動に関する研究へも幅広く応用できる可能性を有している。また、益々増大する医用画像情報を人間に如何に的確に提示し、診断効率を上げるためのユーザインターフェース技術の根幹となる。さらに爆発的に増大している医学情報の教育や益々専門化する外科手技の訓練や評価、神経症患者やがん患者の闘病支援や治療機器としての技術研究と応用の重要性を示した。本稿により、VR技術がもつ多大な有用性を多くの方に理解していただき、新しい研究や新しい医療装置開発にむけた研究が加速化に少しでも寄与することを願うものである。

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図10. ブロードバンド情報社会基盤での新医療モデルの提案

謝辞:

本研究の一部は、厚生科学研究補助金がん克服新10か年戦略事業及び文部科学省振興調整費、日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業JSPS-RFTF 99I00905(分野名:外科領域を中心とするロボティックシステムの開発,プロジェクト名:Telesurgeryにおける通信システムと情報支援ネットワークの開発)および通信放送機構の助成による.関係者の方々に深謝いたします。ご指導をいただいた高橋隆京大名誉教授、共同研究者の東京大学工学部光石衛教授、割澤伸一講師、京大病院医療情報部黒田知宏講師、堀謙太研究員その他の方々に深謝申し上げます。また、平成七年度以降の手術訓練システムの構築担当のPicakeInc.の助台良之氏、白潟宏之、倉田正各氏に深謝します。(御所属は2005年当時のものです。ご了承ください。)

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