Society 5.0 for Health Care in Japan

(本稿は平成21年度科学技術振興調整費報告書 「科学技術が貢献する将来へのシナリオ」「格差フリーのための健康情報インフラ」報告書の一部を抜粋したものである。詳細は報告書参照。)

2040 年の日本。
30 年前に行われた少子化対策への重点的公共投資により2020 年までには合計特殊出生率が2.2まで回復した。また、この公共投資により整備された地域の保育所や幼稚園の増加は、女性の復職を促し、さらにこれらは間接的に女性の関連産業への雇用機会を拡大させる契機ともなった。小児人口の増加と女性の就業数の増加は、通勤手段の高速化やテレワークの普及により都心を中心とした核家族システムから物価が比較的安く、環境にも恵まれ、子育てしやすい地方中核都市(コンパクトシティ)を中心とした大家族制へと家族システムを回帰させることになった。これと共に、地方自治体の税収は増加し、住民の健康管理体制が整備され、「住みやすい街づくり」の 1 つとして健康格差是正の善し悪しが地方自治体の行政能力として地域住民に問われるようになっていた。

 このため国は、全国の各地域社会の健康管理の質の向上と格差是正に必須となる信頼性の高い健康情報(形式知と暗黙知)をデータベース化し、提供する必要性に迫られた。これにより、健康管理について、幼年期(0~4 歳)、少年期(5~14 歳)、思春期・青年期(15~24歳)、壮年期(25~44 歳)、中年期(45~65 歳)、熟年期(66 歳~79歳)、長寿期(80 歳以上)の各世代別の「国民健康・予防ガイドライン(National Health & Prevention Guideline)」が国家プロジェクトとして整備された。この国民健康・予防ガイドラインは、各分野の全国の専門家約2000 人がレビューボードとなり、国民生活機能調査データベース、がん登録などの各種の疾患別サーベイランス用データベース、予防接種登録データベース、臨床研究データベースなど複数の健康関連データベースから科学的根拠のあるデータと健康管理に重要な経験データ(主に体験や語り)をもとに3 カ月毎に検討され、更新、提供される制度が確立し、学術組織の社会に果たすべき重要な役割の 1 つの例として市民に広く認知されていた。

 さらに、この国民健康・予防ガイドラインの知識(形式知)は電子的利活用が可能な標準形式に変換され、社会における最も信頼性の高い健康知識ベース(National Health Knowledge & DataBase Japan)となり、診療支援情報システム、妊産婦支援情報システムや予防接種登録システム、健診・検診支援情報システム、電子カルテシステムや介護・福祉支援システム、在宅健康情報家電などの中のサービスアプリケーションの中に実装され、定期的に最新の知識に更新されていた。これにより、どこにいても質の高い妊産婦管理や乳幼児健診、がんワクチンも含めた予防接種、がん検診、脳動脈瘤検診、心臓病検診などの自動リマインダー機能や受診勧奨、健康教育、健診・検診実施確認、地域行政評価や臨床研究支援などで使用されるコンピュータ・アプリケーション内の電子化された知識として利用され、全国の健康管理の質を格差なく飛躍的に向上させる重要な社会インフラとなっていた。

 また、経験や語りのような暗黙知は動画映像やVirtual Reality を用いた体験型学習装置で学習・訓練可能な社会教育システムとして完備され、健康教育だけでなく生涯教育や各種の技術資格取得の基盤システムとなっていた。もちろん、これらの健康情報インフラは、感覚系や認知系に障害をもつ人たちが困ることのないように、リアルタイムで必要な情報が的確に伝わる多様な感覚情報変換機能やコミュニケーション支援機能をJIS(国内標準)やISO(国際標準)に従って完備していた。

 各家庭には家族の健康管理のために地方自治体から高品質の在宅健康情報管理ユニットや介護度や重症度に応じた在宅電脳ベッドが貸し出された。在宅健康情報管理ユニットでは臨場感TV 会議システムを用いた健康相談や医療・介護相談が実施され、在宅電脳ベッドでは寝ている間に実施できる健診機能や急変時の主治医コールなどの機能が備えつけられていた。当然ながら、これらの健康機器は高機能で小型かつ信頼性が高く、世界市場の 80%を占める日本の主要な輸出産業として成長していた。また、安全保障と品質管理のためのバージョンアップが頻回に必要である健康機器専用の審査体制が新薬開発とは別に整備されていた。これにより日本の最先端のエレクトロニクスやナノテクノロジーを組み込んだ健康機器が世界市場に迅速􃏿に提供されるようになり、かつ市販後調査と国民への補償制度も確立されていた。

 上記のような健康情報インフラでは 30 年前に始まった社会全体のユビキタスコンピューティングとスマートグリッド技術、セキュリティ技術としては量子暗号化技術などが応用され、実用化されていた。解析・情報化・知識化(特に予測)には量子コンピュータなどが用いられ、自然言語処理技術の発達により東南アジア諸国と協力してAsian Health Security Grid (AHSG)として英語や中国語、韓国語など多言語化され東アジア圏の人々の健康管理や格差是正のための中心的情報インフラとなっていた。